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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)143号 判決 1972年9月29日

控訴人 嶺工業株式会社

右代表者代表取締役 鈴木正司

右代理人弁護士 岩淵信一

被控訴人 原山章

右代理人弁護士 中村洋二郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の申請を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

被控訴代理人は、次のとおり述べた。

一、昭和四五年一一月頃の強制残業反対のビラ、同年一二月二日から三日にかけての職場要求のビラ、同月六日頃の長崎さんをくりかえすなのビラというように、被控訴人が従業員に訴えたことに対し、控訴会社は、被控訴人の右行為を追求し、解雇したものである。その経緯からして控訴会社が主張するその余のこまごまとした解雇事由なるものは、本件裁判になってから、重箱のすみをほじくるようにして、しかも捏造したりしてあげてきたものである。それらが解雇の半年も前の、しかも控訴会社としてほとんど不問にしてきた事柄であることからも、その意図は明白である。要するに控訴会社の、いわゆる「解雇事由の総合判断」の前提に立ったとしても、本件は「総合判断」に値しないか、総合判断したとしても、明らかに解雇は不当なること明白なのである。即ち、ビラ配布以前の問題は、真実は解雇の動機にはなっていなかったものであって、「総合判断」なる主張は、実は解雇事由でない過去の些細なことを持ち出すことにより、真の総合判断を誤らせるための議論でしかない。

二、長崎は、一回の特殊な例外を除いては、みな会社の終業後、多くは一時間も残業してからアルバイトに行ったものであって、何らとがむべきことではない。しかも右の一二月四日午后の特殊例外的なケースも特に非難されるほどのことではない。「労務を提供すべき就業時間中に公然とパチンコ店に勤務」などという控訴会社の主張こそ虚偽である。又低賃金(当時長崎の賃金は、残業を含めて一〇月分が四万二、八三一円、一一月分が四万五、三九八円)のためアルバイトをしなければやってゆけないということも明らかである。被控訴人が「長崎さんは一家の大黒柱として家族四人の生活を守るため、会社の残業を一時間やったのちもアルバイトをせざるを得なかった。」とビラに書いたとしても、どこがいけないというのであろうか。

しかも百歩譲って被控訴人のビラの書き方に若干の問題があるとしても、単に会社の秩序維持の面からだけでなく、従業員が労働条件や待遇改善を求めてビラ配布等の運動をすることは、その手段、方法が相当なものであるかぎり、当然に許容され、その内容において使用者を批判、攻撃することがあっても、客観的事実と著るしく相違したり、徒らに侮辱的言辞を弄するとかしていない限り、正当な宣伝活動であるとの視点からも総合的に判断されねばならない。被控訴人らが労働条件改善のために何回かにわたってビラ配布をしたり、運動していたとき、これに対する見せしめとして長崎解雇がうち出されたショックの中にあって、前記の如きビラを出されたことを考えれば、これを解雇事由とすることが許されないことは明らかである。

三、控訴会社が被控訴人を昭和四五年一二月一〇日に三〇日の予告期間をおいて解雇したことは認める。

控訴代理人は次のとおり述べた。

一、解雇に際し、解雇事由が一つでなく、多くの事実があげられている場合、使用者としては、その一つ一つの事実を切り離して解雇する合理的理由があるか否かを判断して解雇しなければならないものではなく、それらの事実を総合して評価したうえ、企業の存続又は企業秩序維持のうえから、解雇することが必要であるか否かを判断すればよい。従って仮りに解雇事由としてあげられた事実中、ほとんどが懲戒解雇事由に該当せず、他の懲戒事由に該当するに過ぎず、一つのみが懲戒解雇事由に該当するに過ぎないうえ、それ一つのみでは懲戒解雇に合理性がないとしても、前記各事実を総合して懲戒解雇の合理性があると判断することが許されるのは当然である。

二、被控訴人の行為のうち、「長崎さんをくりかえすな」と題するビラを配布した行為については、そのビラの内容は、真実に反し、かつ不穏当というべきである。長崎は就業時間中労務の提供をなさず、市内のパチンコ屋に勤務していたもので、片手間でなされたいわゆるアルバイトといえる性格のものではなかった。しかるに右ビラは残業をやった後にアルバイトをしているにすぎず、しかも控訴会社の給料は残業をやってもなお一家四人の生活が維持できない程やすく、アルバイトをやめることは死ねというに等しいという内容のものである。就業時間中にパチンコ店に勤務することと就業時間後アルバイトをすることは事実並びに動機において異り、評価も異る。又残業を一時間やっても、そのうえアルバイトをしなければ、家族の生活が守れないというが如きは、真面目な経営をしている使用者に対する大きな侮辱的言辞というべきである。右の如く虚偽の事実を記載したビラを配布するが如きは、ことさらに従業員に不当な不満を助長することであり、労働組合結成前の準備行為としても正当でなく、許されないことはいうまでもない。しかも被控訴人は、ビラの内容が事実と違う旨控訴会社に指摘されながら、ただ自らの考えを頑強に固執し譲らなかったのである。

三、そして被控訴人には右以外にも懲戒事由該当事実があり、これら事実を総合して考えると、何ら反省の態度のみえない被控訴人には、今後も就業規則の懲戒事由に該当する事実を繰返すおそれは充分認められるところであって、使用者としてはかかる再度懲戒事由を繰返すおそれのある者を企業内に留めておくことを受忍する必要もないのであるから、本件解雇は正当で、かつ合理性があり、解雇権の濫用等存在しないというべきである。

四、控訴会社主張の解雇事由(原判決事実摘示第二の二の(五)記載の事実)のうち、1の(1)(2)の事実は就業規則第七一条第四号、第八号に、1の(3)(4)、2の(1)の事実は同条第四号に、2の(2)、3、4の(1)の事実は同条第八号に、4の(2)の事実のうちビラ配布行為及び控訴会社の名誉を侵害したのは、同条第八号に、右につき注意したのに改めず、かえって反抗的言辞を弄したことについては同条第四号にそれぞれ該当する。

右2の(2)の事実も、嶺和会が一応控訴会社と別個の組織としても、名称も嶺工業株式会社嶺和会と称し、その運営は会費と控訴会社の助成金でなされていること、その事業内容は控訴会社の全社員の体育、文化行事、厚生に関する行事、慶弔、傷病、災害に対する金員の給付をなしていることを総合すると、嶺和会の旅行は、控訴会社の福利厚生の一環ともいうべきであり、自己の怠慢で右旅行を一時間も遅延させ、他人を奔走させた事実は、控訴会社にとって重大問題であり、第七一条各号所定の行為と比較して、その情は重いというべきである。

五、懲戒解雇と通常解雇とは単に解雇の理由の差というべきで、全く異質なものとは考え得ないものであり、控訴会社が懲戒解雇に固執するものではないから、控訴会社の主張する解雇理由が懲戒解雇に該当しないとしても、通常解雇として有効である。

六、控訴会社は、被控訴人を昭和四五年一二月一〇日に三〇日の予告期間をおいて解雇の予告をなし、昭和四六年一月九日解雇したものである。

証拠≪省略≫

理由

一、控訴会社が工作機械等の製造、販売を業とし、従業員約九〇名を雇傭する株式会社であり、被控訴人が昭和四一年四月に同会社に雇傭されたこと、控訴会社は、被控訴人に対し昭和四五年一二月一〇日、三〇日の予告期間をおいて解雇の予告をなし、昭和四六年一月九日同人を解雇したことは、当事者間に争いがない。

二、控訴会社は、被控訴人に就業規則に定める懲戒の規定に該当する諸事由があったので、被控訴人を懲戒解雇したと主張する。≪証拠省略≫によれば、控訴会社の就業規則には、第八章懲戒の規定があり、「従業員はこの章に規定するような行為をしてはならない。注意を受けても改悛の情が無く、会社の規律を乱したり、会社及従業員に重大な損害を与えた場合懲戒の処分をする。」(第六七条)、「懲戒は譴責、減給、懲戒解雇の三種とする。」(第六九条)、「懲戒は反則が軽微であるか情状酌量の余地があるか、又は改悛の情が明かであると認めるときは訓戒に止める事がある。」(第六八条)と定め、そして第七〇条に「下記の各号の一に該当するときは懲戒その他の処分をする。」として第一ないし第一二号の懲戒事由を定め、第七一条に「下記の各号に該当する時は懲戒解雇に処する。但し、情状によって減給に止める事がある。」として、第四号に「職務上の指示、命令に不当に従わず職場の秩序を乱したり乱そうとしたとき」、第一ないし第三号、第五ないし第七号にそれぞれ、正当の理由なくして無断欠勤引続き七日以上に及んだとき、又はしばしば遅刻、早退、私用外出をして所属上司の注意を受け入れないとき、他人に暴行脅迫を加え、又はその業務を妨害したとき、経歴詐称その他不正な方法で雇入れられたとき、会社に無断で在籍のまま他に雇入れられたとき、数回の訓戒、譴責にも拘らず改悛の見込みがないとき、と定め、第八号に「その他前各号に準ずる行為のあったとき」と定めていることが一応認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

右就業規則は、第七一条に懲戒解雇事由を規定している。そして第七〇条は「懲戒その他の処分」と規定しているが、同条と第七一条の規定の内容、体裁を対比して考えれば、第七〇条は、懲戒解雇以外の譴責、減給処分及び訓戒等のその他の処分の事由を定めたものと解するのが相当であり、又第七一条第八号にいう「前各号に準ずる行為」とは、単にその反価値性が同条第一ないし第七号所定の行為に類似するだけでは足らず、その行為の類型も前記各号所定の行為に類似するものであることを要すると解すべきである。さもなければ、単に反価値性というややもすれば抽象的な基準によって懲戒解雇事由の範囲が拡げられることになり、かくては就業規則に懲戒事由を定めた趣旨にも反することとなるからである。そして右規則は懲戒解雇事由(第七一条)とその他の懲戒事由(第七〇条)とを区別して規定しているとはいえ、一概に右懲戒解雇事由に該当するといっても、その態様、情状はさまざまであるから、これに対し一律に懲戒解雇をもって臨んだことは許されないものというべく(右第七一条も、情状によって減給にとどめることができる旨定める。)、解雇がその他の処分と異り、従業員を企業から排除し、その者に精神的、社会的、経済的に重大な不利益を与えることを考えれば、情状酌量の余地はないか、あるいはそれでは改悛の見込みがなく、企業秩序の維持が困難と認められるなど、客観的に懲戒解雇を妥当とする程度に重大かつ悪質のものである場合にのみ許されるものと解するのが相当である。

三、そこで控訴会社の主張する懲戒解雇事由とされた事実(原判決事実摘示第二の二の(五)記載の事実)についてその存否及び反価値性について判断する。なお、被控訴人は、控訴会社主張の右解雇の右解雇事由のうち4の(1)(2)のビラ配布行為以外の事実は、控訴会社が本件訴訟になってはじめて主張したもので、本件解雇事由とはなっていないと主張する。控訴会社が勤務成績不良を理由に本件解雇をしたことは、自認するところであるが、それとても≪証拠省略≫によれば、控訴会社としては、被控訴人の前途を考え、穏便にことをはかるため、かかる理由を付したことが一応認められ、被控訴人の右主張を認めるに足る証拠がないから、右主張は採用できない。

(一)  作業中負傷した事実及び不良品を出した事実(前記解雇事由1の(1)(2))について

被控訴人が控訴会社主張の頃、作業中に負傷したこと及び控訴会社主張のような不良品を出したことは、当事者間に争いがないが、右負傷について事前に星野工場長から注意を受けていたにもかかわらず、これに従わなかったとの点については、≪証拠省略≫中右主張にそう部分は、≪証拠省略≫と対比してにわかに措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。してみれば、被控訴人が作業中に負傷し、あるいは不良品を出したことは、懲戒解雇事由を定めた就業規則第七一条各号のいずれにも該当しないものと認められる。しかのみならず、≪証拠省略≫によれば、被控訴人の負傷も部品がわき腹に当った程度で大したことがないことが一応認められ、さらに≪証拠省略≫によれば、控訴会社においては作業中に負傷したり、不良品を出したりすることは、間々あることが一応認められ、被控訴人が前記不良品を出したのは、その故意又は重大な過失によるものと認めるに足る証拠はない。してみれば、被控訴人の前記各行為は、懲戒解雇以外の懲戒事由を定めた就業規則第七〇条各号にすら当らないものというべきである。

(二)  残業命令拒否の事実(同1の(3))について

≪証拠省略≫によれば、控訴会社の就業規則には「業務の都合で第六条(勤務時間)及第八条(休日)の規定に拘らず時間外(残業)又は休日に勤務させることがある。」(第九条)旨の規定があり、昭和四五年当時従業員代表との間にいわゆる三六協定が締結されていたこと、被控訴人は、昭和四五年頃、上司の残業命令を断わり、又上司に対し他の従業員に残業を強制しないように云ったことがあることが一応認められ、右認定に反する証拠はない。しかしながら≪証拠省略≫によれば、被控訴人が残業を断ったのは最近一年間に二、三回程度で、その他の場合は大体午後七時頃まで残業をしていたこと、≪証拠省略≫によれば、被控訴人が他の従業員に残業を強制しないように云った結果、実際に他の従業員が残業をしなかったのは一回だけであり、しかもその一回の場合も、午後九時までの残業であって、残業をすればその従業員が最終バスに間に合わないためであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫就業規則において時間外労働義務に関する規定がおかれ、いわゆる三六協定が結ばれても、個々の労働者に具体的に時間外労働義務が生ずるか否かについては、説の分れるところであるが、≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、残業自体に反対するものではなく、ただ、これを従業員に強制的に命令することはできないとの消極説の立場に立って、自己の意見を上司に主張したものと認められ、その考え方は、もとより不合理なものとはいいきれず、又その考え方の実現の方法についてもあながち当を欠くものとは認め難い。従って前記積極説の考え方によれば、被控訴人の前記行為は、就業規則第七一条第四号、第八号に一応該当するものと解せられるが、前記認定の諸事実よりして、行為の態様、情状が重大かつ悪質で懲戒解雇に値するものとは認め難い。

(三)  職場離脱等による作業能率低下及び就業時間中はちまきをしていた事実(同1の(4))について

被控訴人が控訴会社の主張する如く就業時間中、再三その職場を離れ、他の従業員に対して勝手に雑談をしかけたりして、作業能率の低下を招いたとの点については、≪証拠省略≫中には右主張にそう趣旨とも解しうる供述があるが必ずしも明らかでなく、他に右事実を認めるに足る的確な証拠はない。又作業中にはちまきをしていたことについては、≪証拠省略≫中には、右主張にそう趣旨の供述があるが、これら供述は、≪証拠省略≫と対比するときは、措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

(四)  ストーブを要求した事実(同2の(1))について

被控訴人が控訴会社主張の頃、同会社代表者に対して寒いからストーブを早く出すようにと要求したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、その際両者の間にやりとりがあり、被控訴人はスパナで機械などを叩いたことが一応認められ、右認定を左右しうる証拠はない。しかしながら、≪証拠省略≫によれば、被控訴人が前記行為に出たのは、同人が職場の他の従業員から「事務室だけにストーブがあるのはおかしい。お前出すように云ってくれ。」と頼まれたので、申し出たところ、控訴会社代表者が頭からこれをとりあげなかったからと認められるのであって、被控訴人の右要求の態度は穏当なものとは認め難いけれども、職場の同僚の意向を取りついだという前記認定の経緯からすれば、被控訴人の右行為をもって直ちに就業規則第七一条第四号所定の職場の秩序を乱し、又乱そうとしたものとは認め難く、その他の懲戒解雇事由はもとより、懲戒解雇以外の懲戒事由に該当するとも認められない。

(五)  従業員の慰安旅行について幹事、従業員に迷惑をかけた事実(同2の(2))について

≪証拠省略≫によれば、控訴会社主張の頃、月岡温泉への従業員の慰安旅行があり、当日の朝、会計係幹事で会費の保管責任者であった被控訴人が無断で欠席したため、他の幹事や従業員が迷惑を受けたことが認められるが、又同じ証拠によれば、被控訴人は、当日身体の具合いが悪くて欠席したが、会費(二、三万円)の保管場所は主催者である控訴会社の親睦団体嶺和会の大原会長も知っているので、当然同人が持って行ってくれるだろう位に軽く考えていたふしもうかがわれ、又その翌日早速その不始末の点を謝まっていることが一応認められ、右認定を左右しうる証拠はない。被控訴人の前記無断欠席の事実が、直ちに就業規則第七一条各号所定の懲戒解雇事由はもとより第七〇条各号所定のその他の懲戒事由に該当するとも認められず(右慰安旅行が実質的には控訴会社の福利厚生に関する行事にひとしいとしても、右結論が異るものではない。)、少くとも前記認定の経緯よりすれば、その情状の点において懲戒解雇に値するものとは認め難い。

(六)  万国博覧会見物旅行において夜半裸体で他家に侵入した事実(同3)について

≪証拠省略≫によれば、控訴会社の主張のように、その主張の頃、控訴会社の万国博覧会見物旅行の際、大津市の旅館で宿泊中、被控訴人が夜半裸のまま隣家に侵入したことがあり、そのため控訴会社が陳謝するとともに、隣家から借り受けたパンツ代二、〇〇〇円を弁償したことが一応認められ、右認定を左右しうる証拠はない。右の事実によれば、被控訴人の行為は、控訴会社の従業員の体面をけがすものであり、ひいては控訴会社の対外的信用と名誉が相当毀損されたことは推認するに難くなく、又≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、当時、飲酒のため相当酩酊しており、自己の行動についてはほとんど記憶するところがないことが一応認められるけれども、右事実は被控訴人の責任を軽くするものということはできないと考える。しかしながら、被控訴人の前記行為は、懲戒解雇以外の懲戒事由を規定した就業規則第七〇条第九号不正な行為をして従業員としての体面をけがしたとき、もしくは右に準ずる行為(第一二号)に該当すると解し得ても、懲戒解雇事由を定めた第七一条各号に該当するものとは認めることはできない。

(七)  ビラ配布の事実(同4の(1)、(2))について

被控訴人が控訴会社主張の頃、その主張のようなビラを配布したことは当事者間に争いがなく、又被控訴人が昭和四五年一二月二日から三日にかけて、もう一人の従業員と「一五日以上欠勤したらボーナスを払わないのに反対」、「昼休みに会議を押しつけるのに反対」等の職場要求を掲げたビラ六〇枚ぐらいを控訴会社の各従業員のロッカーに入れて配布したこと、同月六日頃、被控訴人が長崎文雄が会社をやめたことに対して、「長崎さんをくりかえすな」のビラを直接控訴会社の門前において従業員に配布したことは、いずれも被控訴人の自陳するところである。

一般に労働組合員が労働条件や待遇の改善等その経済的地位の維持向上をめざして、企業施設内でビラ配布等の活動をすることは、就業規則等で禁止あるいは使用者の許可等の条件にかかっている場合は格別、一般にはその手段、方法が相当なものであるかぎり、当然許されているものであり、又その内容において、使用者を批判、攻撃することがあっても、しかもその批判が多少真実に反し誇張に及んでも、従業員の経済的地位の向上をめざす目的でなされ、ことさら人心を惑乱し、企業の業務運営を妨害する意図でなされたものでないかぎり、正当な組合活動として許容されるというべきである。ところで、いまだ労働組合が組織されていない場合においても、従業員が、その経済的地位向上をめざしてなしたビラ配布等の文書活動について、上記の考え方は当然拡張してとられるべきであって、従って右活動が懲戒事由に該当するというためには、懲戒制度の目的とする企業の秩序維持の面にとどまらず、上記の観点からする慎重かつ適正な配慮がなされなければならない。

そこでこれを本件について考える。≪証拠省略≫によれば、

(1)  控訴会社には以前労働組合があったが、五、六年前に委員長が退職した後、いつしか有名無実のものとなり、わずかに従業員の親睦団体である嶺和会があるにすぎなかった(もっとも最近―本件懲戒解雇後―また労働組合が結成されている。)。

(2)  昭和四五年四月頃から被控訴人が中心となり、控訴会社の従業員四、五名が「組合をつくる会」を結成し、毎週水曜日に被控訴人宅で、組合のつくり方、斗い方等についての学習会を開いたが、同年八月頃には会社に対する八項目の要求を掲げて従業員の署名を集めたり、又同年一一月頃には強制残業をさせるなという趣旨のビラを第三者に依頼して会社の門前で従業員に配布したりした。

(3)  同年一二月二日夜から三日にかけて他の従業員とともにかねて「組合をつくる会」で相談して作った前記「一五日以上欠勤したらボーナスを支払わないことに反対」等の職場要求を掲げたビラ六〇枚を控訴会社の従業員用ロッカーに入れて(鍵のかかっているものには隙間から投げ入れて)配布した。

(4)  その頃控訴会社の従業員長崎文雄が終業後会社付近のパチンコ店でアルバイトをしていたところ、たまたま身体の具合いが悪くて会社に届けて欠勤したところ、その後間もなく回復したのでそのままパチンコ店でアルバイトをしていたところを控訴会社側に発見され、同月四日頃控訴会社代表者らが長崎を呼び出し、同人に対し、同人の行為は解雇事由に相当するが、「パチンコ店の収入がよければ、その方に勤めたらどうか。」といって退職を求め、同人もその場で退職届を書いた。

(5)  被控訴人は、同日頃長崎からアルバイトを理由に会社側から退職を強く求められているとの相談を受け、早速職場で同僚が集まって話し合ったが、長崎が家族四人の生活を支えてそのためにアルバイトまでしていたところから、同人が控訴会社をやめたのは、会社側の一方的な理由による解雇であると考え、前記「組合をつくる会」の会員とも相談のうえ、その間の事情を一般に知らせ、かかる解雇がくり返えされることを防止する目的で「長崎さんが会社の一方的な理由で解雇された。会社が生活を保障できる賃金を支払っていたならば、彼はアルバイトをしなくてもよかったはずである。こんな不当な云い分を許すならば、今後さらに第二、第三の長崎さんが出てくるのは明らかである。」という趣旨の前記「長崎さんをくりかえすな」というビラを作成し、同月六日頃の朝、犠牲を少くなくするため、被控訴人ひとりで控訴会社の門前で右ビラ七〇枚ぐらいを従業員に配布した。なお、被控訴人は、右ビラ配布当時は、まだ長崎が退職届を出したことは知らされていなかった。

以上の事実が一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫なお、控訴会社は、長崎がパチンコ店にアルバイトではなく、従業員として勤務していたものであると主張するが、右主張を認めるに足る証拠はない。

以上認定事実によれば、当時控訴会社には労働組合がなかったので、被控訴人は「組合をつくる会」を結成し、その会の運動の一環として、従業員の経済的地位の向上あるいは従業員の地位を守る意図をもって、前記各ビラを配布したものと解するのが相当である。その配布の方法として従業員用ロッカーに投入する方法は、≪証拠省略≫により認められるように、その直前頃ロッカーからの盗難事件が発生していたことも併せ考えると必ずしも相当ともいいえないけれども、≪証拠省略≫によれば、当時控訴会社においては、前記の如き職場要求のビラの配布を公然と行うことが困難な状況にあったとも認められるので、右のような配布方法も一概に非難できない面もある。又「長崎さんをくりかえすな」というビラの内容についても、被控訴人は長崎が退職届を出したことを知らず、同人がアルバイトをしていた経緯からして自発的に退職したものではなく、解雇されたものと確信して作成したものであり、客観的事実と著るしく相違し、又控訴会社に対し侮辱的言辞を用いたものと認めることは困難である。してみれば、これらビラの配布は、その方法、及び内容において相当性を欠き、職場の秩序を乱したものとはいい難く、懲戒解雇事由を定めた就業規則第七一条各号に該当するものとは認められない。

四、以上控訴会社の主張する解雇事由は、いずれも懲戒解雇事由を規定した就業規則第七一条に該当するものとは認め難いところ、控訴会社は、その主張する解雇事由としての全事実を総合して判断すれば、本件懲戒解雇には合理性があるといえると主張する。≪証拠省略≫によれば、被控訴人は、昭和四五年三月高校受験に失敗して以来ことさらに自己主張が強くなり、上司に対し反抗的態度をとるようになったふしがみられないではないが、控訴会社主張の各解雇事由については、≪証拠省略≫によれば、最後の「長崎さんをくりかえすな」というビラの配布行為を除き、控訴会社側は、行為の都度被控訴人に注意することもなく、不問に付してきていることが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫(もっとも、≪証拠省略≫によれば、慰安旅行無断欠席の件については、同人は、桑原組長より注意を受け、陳謝していることが一応認められる。)。前叙の如く控訴会社主張の懲戒解雇事由のうち残業命令拒否の事実(原判決事実摘示第二の二の(五)の1の(3))が一応懲戒解雇事由に該当するとの解釈も成り立つが、行為の態様、情状からして懲戒解雇に値するとは認め難く、他はいずれも懲戒解雇事由にすら該当しないのみならず、その多くは、懲戒解雇以外の懲戒事由にも該当するとは認め難いものであり、又上記の如く、控訴会社もそれまで殆ど不問に付してきたものであるから、これらの行為をすべて併せて総合的に判断してみても、昭和四五年一二月頃の時点において懲戒解雇に値するものということはできず、他に懲戒解雇に値する行為のあったことを認めるに足る証拠はない。

そうすれば、本件懲戒解雇は、前記就業規則の適用を誤まったものであり、懲戒権の濫用として無効といわなければならない。

五、控訴会社は、その主張する解雇理由が懲戒解雇事由に該当しないとしても、本件解雇は通常解雇として有効であると主張する。懲戒解雇から通常解雇への転換が認められるか否かは、ともかくとして、≪証拠省略≫によれば、控訴会社の就業規則第三六条は、(1)精神、身体に故障があるか又は疾病等のため業務に服しえないと認めるとき、(2)業務上の都合によるとき、(3)前二号に準ずる止むをえない事由によるときに解雇する旨を規定していることが一応認められるから、控訴会社は、右事由以外によっては従業員を解雇しえないものと解すべきところ、控訴会社主張の前記事由は、いずれも就業規則第三六条所定の事由に該当するものとは認められないから、本件解雇は、通常解雇としての効力も有しないものといわなければならない。

六、以上の次第であるから、被控訴人の不当労働行為に関する主張につき判断するまでもなく、本件解雇は無効というべきである。又控訴会社においては、賃金は毎月二五日に前月の二六日から当月の二五日までの分を支払う定めとなっているところ、被控訴人に対し、昭和四六年一月分の賃金は昭和四五年一二月二六日から昭和四六年一月九日までの一五日分として一万九、三九五円を支払ったのみで、同月一〇日以降の支払いを拒否していること、被控訴人は、昭和四五年末の一時金として少くとも七万円(支給日は同年一二月末日かぎり)の支払いを受けうることは、当事者間に争いがない。そして≪証拠省略≫によれば、控訴会社は、被控訴人の労務の提供を拒否していることが一応認められ、右認定に反する証拠はない。

七、被控訴人は、賃金を唯一の収入とする労働者であり、本件解雇によってその収入の途を奪われたのであるから、他に特段の疎明のない本件においては、保全の必要も認めることができる。

八、従って被控訴人が控訴会社の従業員であることを仮りに定めるとともに、控訴会社に対し、昭和四六年一月分の賃金残額一万九、三九五円と、同年二月分から同年四月分までの賃金合計一一万六、三七〇円(一ヶ月分の平均賃金は前記一五日分の一万九、三九五円の倍額の三万八、七九〇円と認める。)及び前記未払いの年末一時金七万円の総計二〇万五、七六五円並びに同年五月から本案判決確定に至るまで、毎月二五日かぎり、一ヶ月分賃金の三万八、七九〇円の支払いを求める本件申請は、いずれも相当として認容すべきである。

よって右と同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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